いずれも歯を喰いしばりつつ、縛りつつ、女王様
いずれも歯を喰いしばりつつ、無言の口惜しさを残して、屋敷の外へ御用提灯が遠のいていったので、風体怪しき血まみれ男が、ぺこぺこ礼を言ってそのまま疾風のごとく闇に消えようとしたのを、
「まてッ。そちにはまだ大事な用があるわ」
鋭く主水之介が呼び止めながら、のそりのそりと庭先へ降りて行くと、ぎょッとなったようにして立ち止まっている件(くだん)の男の側に歩み寄ったかと見えましたが、ここら辺もまた退屈男の常人(じょうじん)でない一面でした。
「町役人とてもこれをこの分ではさしおくまい。わしとても亦その方をこの分で野に放つのは、いささか気懸りゆえ、また会うかも知れぬ時迄の目印しに、これをつけておいてつかわそうよ」
言うか言わぬかのうちに、およそ冴えにも冴えまさった武道手練の妙技です。しゅッと一閃(せん)、細身の銀蛇(ぎんだ)が月光のもとに閃めき返るや一緒で、すでにもう怪しの男の頤先(あごさき)に、ぐいと短く抉(えぐ)った刀疵が、たらたら生血(なまち)を噴きつつきざまれていたので、
「痛えッ、疑ぐり深けえ殿様だな」
不意を衝かれて男が言い叫んでいましたが、主水之介が言ったごとく、どうも少し気にかかる奴でした。言いつつむささびのように身を翻えすと、もう姿が闇の中に吸い込まれていったあとでした。